【考察】飯塚高史“魔性のヒール・ターン

文:雷電(=ライディーン。当ブログ『マット界キャプチュード!』 スーパー・バイザー1号)

先日武藤が中邑からIWGPヘビー級王座を奪取した同じ日に、実はもう一つの事件(自分にとってはこっちの方が大事件!!)が起きていたのを皆さんはご存じでしょうか? そう、飯塚高史の“魔性のヒール・ターン”。この展開について考察してみたいと思います。

インパクト大だった飯塚のヒール・ターン

最近売り出し中である天山との『友情タッグ』で、真壁・矢野の保持するIWGPタッグ王座に挑戦した飯塚高史が、なんとその相方の天山を裏切り、対戦相手のGBHに寝返るという衝撃の展開!!

それはこれまで『地味な中堅の正統派』という印象が定着していたであろう飯塚のヒールターンでありました。新日本プロレスファンに与えたインパクトは大だったと思われます。私個人的にも「このままではいかん、なんとかしてくれ!」と思っていた飯塚が、本当になんとかしちゃったので(笑)二重の衝撃だったのですが…。実際には天山を助けた時点で事を起こしているとも言えますけど。

そこで(自分が)凄く気になることは、この飯塚の大変身を「誰が・何時」考えたのか、ということです!? そこで自分なりに多方面から検証してみたいと思います。

◆飯塚高史ヒストリー◆

その前に飯塚のこれまでの足跡(笑)を振り返ってみます。

デビューは1986年、同期は特にいないと思います(確か健介が同年デビューの同い年なんですが、当時はジャパンプロレス=全日本だったので)。若手時代に馳のサンボ修行に同行し、帰国後いきなり長州のタッグパートナーに抜擢されIWGPタッグ王座に挑戦、なんと獲ってしまいます。

しかし彼の活躍で勝ったのかというと…。そんな記憶は無いです(笑)。その後海外遠征(欧州)へ出発。帰国後には三銃士と馳健に挑戦を表明するも無視されます。

そのうち野上彰(現AKIRA)、エル・サムライと『闘魂トリオ』なる微妙な非公式ユニットで括られ、その流れで野上とタッグチーム『JJジャックス』を結成するも何の結果も残せず解散。コスチュームは派手でしたが活動は地味でした(笑)。更に言うと帰国時のタイツの色は確かピンク!? これも痛かった…。

その後山崎一夫と組んで二度目のIWGPタッグ王座に就きますがこれも目立たず。長州の第一回(笑)引退試合(五人掛けの一人として対戦:確か四人目)では古傷のアキレス腱を極めて唯一勝利してしまうというKYぶりを発揮します。

ところが橋本真也VS小川直也(セメントマッチ→無効試合)における乱闘の際、村上一成に瀕死の重傷を負わせた張本人として一躍脚光を浴びます(?)。そこから村上(UFO)との抗争が始まりプチブレイク(笑)。フィニッシュに多用していた裸絞めが“魔性のスリーパー”と呼ばれ始めます。

その頃(1999~2000年)は当時佐々木健介の保持するIWGPヘビー級王座に挑戦したり(後にも先にもこれ一回)、G1クライマックスでいい所まで行ったり、永田と組んでタッグリーグに優勝したり…。今思えばこの頃が飯塚の一番輝いていた時期かもしれません。

ところが翌年試合で負傷し長期欠場に…。復帰後は大した活躍の場も無く、天山に手を差し伸べたのが本当に久々のアクションでした。

◆飯塚の“魔性のヒール・ターン”、徹底検証開始!!◆

まず“魔性のヒール・ターン”の創案時期についてですが、これは私見ですけど天山に近づいた時点で既に考えていたと思われます。元々最初から「なぜ飯塚が天山に…」と思っていたのですが、その後の行動も妙に友情を強調したりして不自然だったし(誕生日にケーキ渡したり)。

今思うと飯塚の語った動機も何か嘘っぽいし…。ていうか寡黙が売りのハズなのに飯塚は喋り過ぎ(笑)なんで問題は「誰が」このシナリオを書いたか、なんですが…。

1.会社主導説

あるプロレス好きの知人が「今回の行動が無ければ飯塚はサムライのように会社から自由契約を言い渡されていただろう」と言っていたのですが、自分に言わせれば普通ならとっくに自由契約になっていてもおかしくない存在だったかもと思うのです。

それでも残っているということは、会社的には必要な人間なのではないか、と…。選手会長や道場のコーチ役も歴任しているし。

そこで現状を見かねた会社側が「飯塚クン、ここらで悪役なんてどうかね?」と話を持ちかけた、なんて仮説を立ててみたのですが…。可能性は低そうですね。会社側の用意したアングルをGBH(=真壁)が受け入れるとは到底思えないんで。

もう一つ気になるのがグッズの存在です。今回『友情Tシャツ』なる物が製作された(入場時飯塚が着用しているもの。これも今思うと意味深)のですが、短命で終わるとわかっているタッグチームのグッズを会社があえて作るとは考えにくいのです。

かつてサイモン(猪木の義理の息子)社長時代の新日本プロレスでは、彼の就任後に『社長Tシャツ』を作ったものの、その直後に辞任となり大量の在庫残り、という失態がありました…。今回も会社側としては飯塚の行動は不測の事態だったと考えるのが自然かもしれません。

2.本人単独説

これが一番格好良いのですが、残念ながら飯塚にそこまでの能力は無いでしょう(笑)。実際に東京スポーツ紙面で真壁が自分から飯塚を誘ったと語っているので、最も可能性が高いのは次の…。

3.真壁黒幕説

これではないでしょうか? だとしたら真壁恐るべし!! 彼のセンスというかプロレス頭は相当なものだと思います。

実際冷遇されていた頃から、新日本プロレスと正式契約してもらえない(スポット参戦と同等の契約だったらしい)のを逆利用して他団体に出てみたり、デスマッチ路線に行ってみたり、と自己プロデュース能力は以前から高いものがありました。今の地位があるのもそれが理由だと思うので、やはり今回の件はこの説が最も有力ではないかと思います。飯塚を持ち上げるハズがいつの間にか真壁賛歌になってますが(笑)。

◆IWGPタッグ選手権戦の感想◆

改めてこのIWGPタッグ選手権戦を観てみると、飯塚は一度も正式な形で試合に参加していない事に気づきます。つまりノータッチ!! 先発の天山は15分以上も一人で戦っていたのです。

本当ならここで異変に気づくハズですが、対するGBHの方もタッチは二回だけ。しかも矢野の出番はほんの一瞬で先発の真壁がほとんど一人で戦っていました(場外戦は除く)。

つまりこの試合はIWGPタッグ選手権でありながらほぼ天山VS真壁のシングルマッチだったということです。終盤まで異変に気づかなかったのはこれが原因と思われ、もし作戦だったとしたら本当に真壁恐るべしですね。

そして大流血にもめげず一人で戦い抜いた天山も凄い!! 実は意外と良い試合だったのではないかと自分は思います。

あと気になったのが解説陣。話しぶりからGK金沢・柴田の両氏は、実は事前に知っていたのでは、と感じたのですが(特に柴田惣一氏?)。

もしそうなら前述の仮説1.の可能性も捨てきれませんが、考え過ぎでしょうかね? 試合後放送席からマイク無しで「飯塚、どうした?」と叫んでいた元タッグパートナーの山崎一夫氏は本当に知らなかったみたいですけど。このシーンは番組のエンディングでも使われていました。

この光景を観て昔のある試合を思い出しました。三沢光晴がタイガーマスクとしての(結果的に)最後の試合で、パートナーの川田にマスクの紐を解かせている時(この後マスクを投げ捨て素顔で戦うのですが)、それを見た解説のザ・グレート・カブキが「何をやってるんだ!? 止めさせろ!!」と仕事を忘れて叫んでいたことです。そのシーンとダブりましたね。

◆今後の飯塚に期待すること◆

私が個人的に課題と思っていたビジュアル面も、頭を剃り上げたり右手にアタッチメントを装着して改造したり(笑)、悪の大幹部らしくなってきました。

他に注文をつけるとしたら、寡黙なイメージを貫いて『喋らないヒール』でいて欲しいなと。実際に確認はしていませんが、今週号の『週刊プロレス』に早速インタビューが載ったようで喋ったのは一言だけだったそうです。いい感じですね(笑)。決め技も“魔性のスリーパー”でバッチリではないでしょうか?

あとは結果を残すのみ!! 武藤のベルトを狙って全日本殴り込みも良し、G1クライマックスで大暴れするも良し(優勝OR全戦反則負け!?)。年末のプロレス大賞に絡むぐらいの活躍を個人的には期待しています。

頑張れ飯塚!! 今年はまだ半分以上残っているぞ!!