This is not my business.  ~「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ」から28年~

写真は「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント」。

それも”セメント”の方だ。

28年前の今日4月29日は、「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ」があった日なのだ。

前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ

前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ

前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ

1986.4.29津市体育館での「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント」はガチではなく、”セメント”!

“セメント”

最近のプロレスファンや格闘技ファンは、この”セメント”という言葉にあまり馴染みがないかもしれない。

“セメント”は、昨今一般人でもやたら遣うようになった「ガチンコ」や「ガチ」と同義語だ。

でも「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ」は、「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント ガチンコマッチ」と言い換えても良いのかといったら、それは断じて違うと思う。

やはりこのプロレスの範疇を逸脱した、極めて奇形でいびつな「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント」は、「ガチンコ」や「ガチ」ではなく、”セメント”でしか表現できない試合なのだ。

その理由は後述する。

「本当に(セメントを)やっちゃっていいんですか?」前田日明、一世一代の覚悟

前田日明ファンや昭和からのプロレス・格闘技ファンなら、既知の「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ」だが、若い世代のプロレス・格闘技ファンは、よく知らない人もいるかと思うので、簡単に再現してみる。

何のサイドストーリーや脈絡もなく、突如組まれたこの試合。

終始不穏な空気が流れていたが、試合開始早々から”セメントモード”で前田は戦っていたわけではなかった。

前田は努めてプロレスをしていたのだ。

そんなわけで”プロレスモード”で前田はアンドレと対戦し、プロレス用の蹴りを繰り出してた。

それに対しアンドレは、ロープの反動を使って突進してきた前田に対し、”セメントモード”で容赦なくエルボーを顔面に叩き込む。

またアンドレは、己の全体重(約236kg)を浴びせて、前田をガブり、前田を「コ」の字状の、極めて窮屈な体勢を強いらせる。

その後も全圧力をかけ、前田の背後からフルネルソンで絞り上げる。

並みのレスラーならこの時点で簡単にギブアップするところを、身体が人一倍柔軟な前田は、何とかこれを耐え忍ぶ。

そしてようやくUWFの十八番であるゴッチ流サブミッションで前田は反撃。

この場面では、「プロレスラー・前田日明」と「格闘家・前田日明」が半々だと思われる。

腕ひしぎ十字固めやアキレス腱固めは、アンドレがあまりにも規格外であるがゆえに、思ったほどの効果を上げられなかったものの、当時まだ正式名称のなかったヒール・ホールドでアンドレの左膝を破壊。

破壊の程度は「全壊」ではないが、グラウンドからスタンディングに移行した後のアンドレは、かすかに左足をかばい出した。

やがて前田は、リングサイドで見ていた星野勘太郎に「本当に(セメントを)やっちゃっていいんですか?」と一応の確認をした後、覚悟を決め、ついに100%の「格闘家・前田日明」モードに切り替わる。

「タダではやられない、せめて1箇所でもアンドレを壊してからやられてやる!」

そう肝を据えた後の前田は、重いローキックや、膝の皿にブチ込む”タイマン”仕様の関節蹴りを多用、ついにアンドレを戦闘不能に陥れる。

「This is not my business.」

ノー・コンテストの裁定が下った後、大の字で戦意喪失の大巨人アンドレに対し前田が問い詰める。

それに対しアンドレは、
「This is not my business.」

俺のしわざじゃない、と手を広げて弁明したのだ。

プロレスの試合でありながら、プロレスとして成立しなかった試合。

それは前田を潰すために仕掛けられた”公開処刑”だった。

当時の新日本プロレスにとって目の上のタンコブだったUWF勢。

そのUWF勢で最も”出る杭”であった前田日明を潰さんがために、組まれた試合だった。

223cmの大巨人アンドレを遣って、192cmの前田を壊し、前田に赤っ恥をかかすつもりだったのだ。

だからこの試合は「ガチンコ」や「ガチ」ではなく、”セメント”なのだ。

単なる実力測定や力比べではなく、潰す、壊すという相手の存在を一切掻き消す闘いだから、”セメント”なのだ。

名勝負ではない、感動を呼ぶ試合でもない、好きな試合でもない!

でも自分にとって一番、「プロレス・ファンで良かった」、「前田日明ファンで良かった」と心底から思えた試合だ。

覚悟を決めるということ。

己を信じるということ。

これらが高濃度で凝縮されたのが、この前田 VS アンドレの”セメント”だった。

「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ」の持つ意味

元々この「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント」はオンエアされるハズだった。

しかし前田がアンドレを戦意喪失させてしまったから、オンエアするとむしろますます前田やUWF勢の株が上がってしまい、これはマズイ。

たぶんそんな理由で結局この試合は、当時の新日本プロレス=テレビ朝日の判断でオンエアされずにお蔵入りしてしまったんだろう。

だからこの試合は伝説の”裏ビデオ”として極々一部のマニアにしか流通しなかった。

その”裏ビデオ”を、それもダビング5万回重ねたような、かなり粗い画質の”裏ビデオ”を、十数年前にやっと入手できた時は、言葉では語りつくせぬ幸福感があった。

でも今じゃ、このお蔵入り試合も鮮明な映像で公式に『秘蔵Ⅰ』としてDVD発売されてるし、YouTubeでも簡単に観ることができる。

「これまでの入手苦労は何だったんだ?」と言いたくなるけど、今となってはまあいいか。

とにかくこの時、もし前田がアンドレに負けていたら、その後のマット界の歴史はどうなっていただろう。

後の第2次UWFは出てこなかったろうし、さらにそこから派生するRINGSも、他のU系団体もなかったろう。

RINGSと提携し、興行ノウハウを得たことで大成功した正道会館のK-1も出てくることはなかったろうし、総合格闘技も生まれることなく、いまだにプロレスだけのままだったかもしれない。

それだけ「前田日明 VS アンドレ・ザ・ジャイアント セメントマッチ」の持つ意味は重大で、プロレス・総合格闘技史上、最も重要な事件の1つとして後世まで語り継がれる試合だと自分は思っている。

【追伸】
カクトウログさんにこの記事が紹介されていました。
ご紹介ありがとうございます!
■前田日明「“アイツは猪木の弟子だ”とロシア側に信用してもらえず大変でした」~週プレ記事のサワリがHPで公開中