田村VS船木は「UWFっていう括り」の戦いだったのか?

ついに船木と田村の初対決が実現した。船木が「UWFっていう括りでいえば、田村(潔司)選手とやってみたいですね」(格闘技通信2008.2.23 No.439 P62船木誠勝インタビュー)と語ったことから実現した対戦だった。今回はこの対戦にスポットを当てる。

DREAM2 in さいたまスーパー・アリーナ

“U”を実践できなかった最近の田村

これまで田村は“U”を信条とし、とことん“U”に拘ってきた。だが最近の田村の試合はその“U”を実践できなかった。いや実践しなかったのかもしれない。あえて“U”を封印したかのような試合が、直近の例でいうと「VS所英男戦」だった。“U”特有の回転体的な動きをせず、所選手の持ち味を消すかのような試合運びに、前田日明SV(当時)は激怒した。

「UWFっていう括り」で対戦する!?

煽りVTR「甦ったサムライ 船木誠勝」

今回の船木VS田村の話に移ろう。お互いに“U”に関わった者同士。せっかくUWFっていう括り」で対戦するのだから、通常の総合の試合とは異なる「さすが“U”」という戦いをしたい! それは田村とならできるのではないか。

戦前の船木の頭の中にはひょっとしたらそういった思いがあって、それゆえに「UWFっていう括り」発言をしたのではなかろうか。

リングインした船木誠勝

人一倍“U”に拘る田村が船木と戦うことで、総合の試合なんだけど“U”的にスイングした展開のリアル・ファイトが生まれるのではないか。ファンの中にもそんな期待を持ってさいたまスーパー・アリーナに繰り出した人もいるはずだ。私なんかはまさにその一人だった。

しかしその期待も虚しく、“U”を標榜する前に秒殺で白黒ハッキリと決着がついた。

対照的だった試合後の田村・船木のコメント

観客に深々とお辞儀する田村潔司

試合後の両者のコメントは対照的だった。田村は「船木さんと自分にしかできない戦いだったと思う」と明確に語った。

一方の船木は「過去があるから今があるのは否定できないし、まだそれに関する答えは出せないです。『それ』っていうのはUWFなんですけど」とコメント。

田村には、他には真似のできない戦いをしたという感覚があったのだろう。一方で船木は“U”に関する答えが出せないでいる。

試合開始直前の船木と田村

この差は何なのか? それにじゃあ“U”って何なのか?

シューティングのアンチテーゼでもあった“U”

煽りVTR中の前田日明

“U”ってある意味、当時急進的だった佐山サトルのシューティングに対するアンチテーゼであったとも言える。アングラ・スポーツではダメなんだと。マス(大衆)を惹きつけ魅了するスペクタクル・スポーツにせねばならないのだと。前田日明は急進的でなく「段階的進化」を唱えた。

その実験空間が“U”であったのだ。佐山サトルのシューティングもその後「修斗」として名前を変え人気を博すが、その当時はかなりマニアックな存在であり、“U”とは一線を画し、対立構図を生んでいたのだ。

田村VS船木は「UWFっていう括り」なのか?

試合スタイルとして魅了できたかどうかは観る側個々の感性に委ねられる。通常の総合の試合とさほど区別がつかないなら、それは“U”だと呼びたくない自分がいる。

その上「船木さんと自分にしかできない戦いだった」という田村のコメントが今ひとつピンとこない。田村が船木と対戦したことで他の総合の試合と格段に試合スタイル上で差別化できたかは疑問だからだ。

それゆえにこの度の田村VS船木は「UWFっていう括り」と素直に言ってよいものか私は迷うのだ。戦い敗れた船木も私のような思いがあったのだろうか…。

船木よ、「何も考えるな!」

最後に船木に対しては、僭越ながらこの言葉を贈りたい。

「何も考えるな!」

これはかつてパンクラス・マットで國奥選手がガイ・メッツアーにKOされた時、セコンドの船木がすかさず國奥選手に対し発した言葉だ。

船木は現在やれることは十分やっている(と思う)。負けても終わりではない。かつてのように「また明日から生きるぞ!」という前向きな姿勢で今後も突き進んでほしいと思う。