掣圏真陰流『武道掣圏』第弐回武術大会

前回の掣圏真陰流『武道掣圏』第一回武術大会から7ヶ月近くが経過。待ち遠しかった掣圏真陰流『武道掣圏』第弐回武術大会が、ついに12/6後楽園ホールにて開催された。

12.6掣圏真陰流『武道掣圏』第弐回武術大会 in 後楽園ホール

高度な格闘技の予備知識がなくても楽しめる掣圏真陰流『武道掣圏』

ラウンドガールではなく着物撫子ラウンドガールではなく着物撫子

相変わらずテンポ良く、ポンポンと試合が進んで観やすい。相撲中継をサクサク観てるような感覚に近いと思う。

それに膠着がほぼないし、あっても「待て」がかかるので、またすぐに仕切り直しでスタンドからの展開。KOで倒すか、関節を極めるか、絞めるか、抑えこむか、押し出すかなので、マニアじゃなくてもわかりやすいのが良い。格闘技コンテンツとしてみた場合、高度な格闘技の予備知識がなくても楽しめ、放送に耐えうるクオリティがあると自分は思う。

掣圏真陰流『武道掣圏』は揺れ動いている!?

自分個人の感想としては、掣圏真陰流『武道掣圏』は、コンテンツと実戦の中で揺れ動いているようにも見受けられた。「市街地型実戦武道」と謳っているのならば、やはり上半身裸体で格闘するのは不自然に思え、違和感を感じるのだ。

以前このブログでも書いたが、やはりかつてのスーツ型道着の方が、断然「市街地型実戦武道」のコンセプトに見事なまでに合致してたと思うのだ。

演舞をする佐山サトル創始総監演舞をする佐山サトル創始総監

現実の市街地では、上半身裸体なんてまずあり得ない。つまりこの時点で掣圏真陰流『武道掣圏』は、一歩「実戦」から遠ざかっている。

テンポ良く進む観やすい試合展開と引き換えに、スーツ型道着を手放したのかな、と自分は下衆な考えを巡らしてしまうのだ。競技として、放送コンテンツとして昇華させるには、上半身に道着を着用させない方が、スピーディに試合が流れてゆくのだと。

もちろん実際のところは、佐山サトル創始総監しかわからないが…。

掣圏真陰流『武道掣圏』は、一芸に秀でた選手が勝つ!?

掣圏真陰流『武道掣圏』は、誕生してまだ歴史が浅いので、今は黎明期・過渡期ということもあり、一芸に秀でた選手が勝つ要素が多いように見受けられた。

セミの「若翔洋 VS 柴田正人」は、相撲出身の若翔洋が自分の得意領域の技である「押し出し」を駆使して勝った。この試合は相撲の試合展開にほぼ近かったのだ。

この例でもわかる通り、「押し出し」が得意な選手なら勝利を手にできる。また「押し出し」以外でも、タックルを切ってガブるのが得意な選手や押さえ込みが得意な選手は「制圧」で1本が取れる。この掣圏真陰流『武道掣圏』ルールは、現時点においては一芸に秀でた選手にとって有利にはたらくと思われる。

「押し出し」は実戦的なのか?

しかしこの「押し出し」が実戦的かというと、半々のような気がしないでもない。

押し出されてはマズイ場所、例えば駅のホームや階段、道路だった場合は、敵を押し出すことで相手を戦闘不能に陥れることができるので、「押し出し」は実戦的だ。

けれども上記以外の場所・空間の場合、相手を押し出して押し出して押し出して、という展開になるのだろうか。喧嘩の際に人は押し出すよりも、殴る・叩く・蹴るの方が咄嗟に出やしまいか。素人考えだと、「押し出し」は今ひとつ不自然で実戦的に思えにくいのだ。

選手層の拡大が掣圏真陰流『武道掣圏』にとって今後の課題か

これまた掣圏真陰流『武道掣圏』は、黎明期・過渡期ということもあり、この武道競技に出場する選手層が薄い。メインの「桜木裕司 VS 色増幸作」は、そのことが端的に表された試合だったと自分は思う。

桜木裕司 VS 色増幸作桜木裕司 VS 色増幸作

この「桜木裕司 VS 色増幸作」、1994年3月18日(金)シューティング後楽園ホール大会で行われた「御影九平(スーパータイガージム横浜) vs 阿部吉彦(新格闘プロレス)」(1R1分48秒 御影九平KO勝ち)を思い起こさせる。極真空手・掣圏真陰流で打撃に磨きをかけた桜木選手と、打撃に不慣れな色増選手では、いかに体重差があったとしても、対戦前から結果がわかるカードであったともいえよう。

今後、選手層の拡大により、打撃に不慣れな選手は淘汰され、現在の総合格闘技のようにウィークポイントが見当たらないオールマイティにこなせる選手が多数出てくることで実力差が拮抗してくるはずだ。要するに選手層の拡大が武道競技としての質を上げていくことになるのだ。

選手層の拡大は、掣圏真陰流『武道掣圏』にとって今後の課題の一つになるであろう。